リサタビ列車

−絵描きバックパッカー・リサリサの、旅は、まだまだ続く−


21.OCT.2002 帰国


はれ


昨日ザハで買ったゴタルを履き、フルムを着て散歩にでかける。

相変わらず道路には、無謀運転の車が渋滞を成している。
モンゴルの運転マナーは非常に悪い。
モンゴル人でも、ここウランバートルの中心街はあまり走りたくないという。

まだ雪が少し残っている。
雪だるまを作って、歩道のはしっこに残しながら歩く。


朝食を終え、買ったお土産を詰めなおし、空港に向かう。

来た時にも思ったんだけど、ウランバートル国際空港は、とても小さい。
なんだか電車の改札みたいだ。

ゲートを通り、待ち合い室でタバコを吸いながら遅れている日本行きの飛行機を待っていると、日本人の男の人が話しかけてきた。

ウランバートルのマンホール・チルドレン支援活動を行っている、NGOの人だった。
ぴっちりしたスーツ姿が、なんだかモンゴルに似合わない。
お互いのモンゴルでの話をしながらタバコをふかす。

「いや〜、僕、モンゴル料理がどうしても合わなくてね〜。食べれなかったよ。」

その男の人が言った。

私:「そ〜ですか〜?あたしは毎日おいしくたくさん食べてましたけど・・・」

NGO:「あ〜、女の人の方が、こういう時の順応性高いらしいよ〜。男の方がデリケートなんだよね」


そうなの?

男、女、関係ないんじゃ・・・

てか、食べるものがあるだけいいじゃん。

そんなんで支援とか、出来るんだろうか・・・


疑問に思いながら、遅れてきた飛行機に乗り込む。
モンゴルは、なぜか2回、金属探知機をくぐる。
飛行機に乗る直前にも検査があるのだ。



飛行機からの景色は、大陸全部が雪で覆われてるかのように、どこまでも真っ白だった。
モンゴルで得た感覚が、体中に溢れているのがわかった。


初めてみた、世界。

日本に居ては、わからない、世界。

なんとも言えない高揚感が、あたしの周りの空気と一体化して、あたしを大きく大きく包み込んで離さなかった。



成田に到着。15℃。暑い。
フルムとタイツを脱ぎ、家に帰る電車の中、日本とモンゴルのギャップを激しく感じていた。

周りに見えるものの存在に、違和感を感じてしょうがなかった。

携帯がなった。
前に座ってる女の子の携帯だ。

なにか、こっちの方が、現実味がなかった。

でも、こっちがあたしの”日常”・・・

そう思うと、なんだか少し、切なくなった。





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water color,pen,MONGOLIA



20.OCT.2002 ウランバートル


ゲルで過ごした日々を思い出しながら、
草原で描いたスケッチを広げながら、
覚えたモンゴル語を披露しながら、
雪に埋もれた草原から、モンゴルの首都、ウランバートルへとやって来た。

ウランバートルとは、”赤い英雄”という意味だ。

車が通っている大通りの歩道を、馬を引いた人たちが歩いてたり。
アパートの隣にゲルが立っていたり、と、不思議な空間。


ホテルに着き、久々に水で、手や顔を洗うと、
まあ! 汚い!
石けんがなかなか泡立たない。

一週間。
お風呂に入れなかったから。
頭がとてもかゆい。

今すぐお風呂に入りたい気もしたが、でもせっかくだから市内観光へ出かけた。

といっても、今回は遊牧民の人たちと過ごすことを目的に来たため、
市内に何があるのか、あまり調べてなかった。
それまで出番のなかった”歩き方”を広げ、ウランバートルの中でも一番大きいザハと呼ばれる市場に行ってみることにした。

外国人にとっては少し危険な場所らしく、ナラントヤさんは、やめた方がいい、としきりに言っていた。

が。

行きたいもんは、行きたい。

それなら、外国人に見えないような格好で、と言われ、
草原で買ったモンゴルの民族衣装・フルムを羽織り、深く帽子をかぶり、いざ、ザハへ。

一週間経って初めて、日本円をモンゴル通貨”トゥグリク”に両替した。
チンギスハーンがモデルだ。

ザハは、写真撮影禁止というのが暗黙の決まりになっているらしい。
残念だけど、カメラは置いていくことにした。


大きな体育館のような建物の中と、その前の広い広場両方で市場が立っている。
モンゴル人も日常生活品のほとんどはここ、ザハで手に入れるらしい。
いろーんな物がごちゃこちゃに置いてある。
食料品・衣類・カバン・化粧品・装飾品・雑貨・・・・とにかくなんでもある。

日本へのお土産品を物色していると、ものすごいたくさんの人が、あーだこーだ、これ買わねーかと寄って来る。


個人的に欲しかったもの。それは、モンゴルの民族衣装。
民族衣装フェチにはたまらないくらい、民族物が置いてある。

まず一番に見に行ったのが、”ゴタル”という、ブーツ。
馬にのる時爪先が引っかかるように、少し先が上を向いてて尖っている。
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オボが履いていて、ものすごく、かっこよかった。ザハに行けば、$50くらいで買えるとオボに教えてもらっていたので、早速交渉。
ただ、女物がなく、しかも男物で$100って言ってきやがる。
$50以上は絶対出さない!とねばるが、交渉決裂。

しかたない。

ゴタルは諦めよう。

と思っていたら、女物で、オボのゴタルよりはちょっとちゃちいけど、かわいらしいのを発見。
しかも、$30まで落ちたので、迷わす購入。


次は、モンゴルの伝統衣装の”デール”。遊牧民はみんな着ている。
卒業式などでも着るそうだ。
分かり易く説明すれば、「ドラゴンボール」の亀仙人や悟空が着ているような服。

「どこで着るの?」と言われたら、困るけど。まあ、気にせず。


最後は、”マルガエ”と呼ばれる、角のある帽子。
キレイな青いマルガエを買った。


後からカバンを開けられそうになったり、ずっと後をつけられたりと少し危険も感じたが、危ないこともなく、宿に戻る。

お土産コーナーで見ていると、宿の従業員が話し掛けてきた。
もちろん、日本人だと思って話し掛けてきたんだけど、あたしがモンゴル語をしゃべったので、
「あれ?モンゴル人?」

と聞いてきた。
大分成長したんだなー、モンゴル語。



一週間ぶりのお風呂は、あたしの垢で、白く濁る。
もう一度お湯を入れて、2度風呂。


明日、日本に帰る。


ゲルで過ごした日々を、何度も何度も思い出しながら、
久しぶりの1人に落ち着かなく、寝付いた時にはもう2時を回っていた。






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20.OCT.2002 別れの日



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ゆき


雪景色がとても似合うと思った。

ゲル以外、何も見えない。
空と大地が一体化している。


今日は家族とお別れの日。


短かったけど、とても長い一日一日があった。
すごくステキな時をもらった。
やさしい、オボとエメーとガッタ。



今日はみんな朝からずっとゲルにいた。

オボから、動物の骨で作ったオモチャをもらった。
エメーから、モンゴルのヨーグルト・タラグとクリーム・ウルムをもらった。
日本に帰って、両親と一緒に食べてください、と。

うちの娘はモンゴル語をほんとによく覚えた、とオボが言った。
あたしが泣いていると、また鼻タバコをあたしに近づけて笑った。

日本のお父さんとお母さんのお手伝いをたくさんしてあげてね、と。

話したいことが、まだまだたくさんあった。
でも、何を話せばいいのか、わからなかった。

まだ、もう少し、ここにいたい・・・




お迎えの車が来た。

帰りはオユンさんではなく、ナラントヤさんという女性が迎えに来た。
みんなで少し話した後、最後のスーテーツェーを飲み干し、車へと向かう。

握手をして、また来るね、ありがとう、と泣きながらあいさつをして、車に乗り込んだ。



ゲルが遠ざかって行く。
雪しか見えない草原を、ぼーっと眺めていた。


これからモンゴルには、本格的な冬が来る。


日本に帰ったら、あったかい靴下を送ろう、と思った。






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Water Color,Pen,EMEE

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Water Color,Pen,OBOO

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Water Color,Pen,GALAA



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19.OCT.2002 ホームステイ5日目






ゆき



今日は朝から天気が悪かった。

いつもよりも明らかに気温が低く、外で絵を描いてると凍えてしょうがない。

手袋をしたままスケッチをしていた。


・・・なんか、画面が汚れる。
筆と画面になんかごみのようなものが纏わりついて来る。


なんだろう、と思って手袋をはずし、触ってみると・・・・


・・・画面が凍ってる!!


水彩絵の具を使っていたのだが、あまりの寒さに、絵の具が画面の上で凍ってしまったのだ。
ゴミと思っていた物体は、絵の具が細かく凍ったものだった。


そうしてるうちに、今度は雪が降ってきた。

急いでゲルに帰り、エメーに凍った絵を見せる。
エメーは外を見て、雪が降ってきたよ、と寒そうに暖炉をつけた。

部屋が暖かくなってくると、凍った絵の具はみるみる溶け出し、とても不思議な表情を画面に映して消えた。


描いてる時に絵が凍るなんて・・・はじめて。



街に行っていたオボが帰ってきた。
どうやら昨日飲みすぎて、バイクで帰ってくる途中にこけてしまい、痛くて帰って来れなかったらしい。

草原も飲酒で捕まることがあるんだろうか・・・

なんてことを思いながら、オボが買ってきた、ロシア製の嗅ぎタバコを少し貰ってみた。
鼻から吸う、モンゴルでは有名なタバコなんだけど、鼻の奥がつーんとしてとても痛い・・・
涙目になってるあたしを横で笑いながら、オボは豪快に吸っている。


あたしはマルメンライトでいーのさっ


オボがあたしの似顔絵と、何か、手紙を、あたしのスケッチブックに書いてくれた。
筆記体で文字が崩れてて、何が書いてあるのか分からなかったが、

”モンゴル ネル ソロンゴ”(モンゴル名はソロンゴ)
”モンゴル オボ”(モンゴルのおじいさん)

というのは分かった。

オボが、自分はソロンゴの、モンゴルのおじいさんだ、と言ってくれた。
なにか、瞳の奥が、熱くなっていく・・・



普通のタバコを吸いながら、色んなことを考える。

   (日本には、無駄なものが多すぎる・・・・)

モンゴルに来て、自然の中で過ごし、太陽と共に起き、太陽と共に活動を終えるという生活をしていると、それがなんでもない、あたりまえのことのように思える。

携帯電話は必要なかった
無秩序に並ぶビルもいらなかった
大きい家もいらなかった
電化製品もいらなかった
化粧品もいらなかった
服だって必要なだけあればいい
電気も最小限でいい

もちろん、あたしは旅行者だから、そこの本当の厳しさなんて、わからない。
ほんのちょびっとだけ、覗いただけに過ぎない。

でももし彼らが日本に、例えば東京に来たら、何を思うんだろう。

抜けるような空もない
広い地平線もない
澄んだ空気もない

窒息してしまうだろうな、と思った。


そして、彼らに、日本に行ってみたいか、と聞いたら、彼らはゆっくり首を横に振った。










water color,pen,MONGOLIA
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18.OCT.2002 ホームステイ4日目






快晴

モンゴル初日に出会った旅行者3人と、オユンさんがゲルを尋ねてきた。

久々の日本語がうれしくて、マシンガントークになる。

ヴォルツグというクッキーのようなお菓子に、ミルクで作ったウルムというクリームをつけ、スーテーツェーを飲みながら滞在中の話をする。

オユンさんに、モンゴル語がとても上手になったね、と言われた。

そう、この辺りから、夢がモンゴル語で出てくるようになった。
何をしゃべってるのか分からないけど、モンゴル語なのだ。

みんなが帰ったあと、エメーと2人でお話。
エメーに未使用のあったかい靴下をあげると、お礼に、とモンゴルの飴とチーズをくれた。
このチーズ、保存食でとても硬く、とてもすっぱい。

すっぱいといえば、モンゴルの自家製ヨーグルト、タラグもとてもすっぱい。
バケツいっぱいに作ってある。
このタラグとスーテーツェーは、一緒に食べてはダメらしい。
おなか壊すんだって。

モンゴルでは、ヨーグルトなど食べた器は、なめてキレイにする。
洗わないのだ。
初めは器をベロベロなめる、というのに少し抵抗あったが、みんななめてるから、あたしもベロベロなめて食器洗い完了。


今日は久々に孫のガッタがいる。
一緒にモンゴルのタレント番組をみて、好みのタイプはどれだと言い合う。
会話は語学の話になり、英語・ロシア語について聞いた。

モンゴルでは、ロシア語を学校で習うらしい。
モンゴル文字もロシア語とほぼ同じのキリル文字。
英語はほとんど分からないらしい。

自己紹介程度のロシア語はあたしも知ってるので、2人でロシア語で自己紹介をする。
そして、ロシア民謡のカチューシャを、でたらめロシア語で歌った。


今日朝に街にでかけたオボが、まだ帰ってこない。

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