
12.NOV.2004 ATMトラブル

イタリアに入ってから、どうもトラブルが多い気がする。
それが、イタリアなのか?
日本の口座に入れてきたお金を、現地通貨で引き出すことの出来る
インターナショナル・キャッシュカードというのがある。
長期旅行で現金をたくさん持ち歩くわけにはいかない。
物価の高いヨーロッパではかなり使えるキャッシュカード。
キャッシュが少なくなってきたので、いつものように、道端のATMで250ユーロほど下ろそうとカードを入れた。
しかし、出てきたのは、明細書だけ。
え お金は ?
通りすがりの人に、明細書見せながら聞いてみた。
「おかしいね?もう一回、今度は違う金額入れてごらん」
そう言われてもう一度、今度は120ユーロを選択してみた。
明細書とお金が出てきた。
え まってまって さっきの250ユーロはどーなったの?
残高は、まだ結構残ってるはず。
明細書だけ出てきたのが気になる。
「これ、銀行に言ったほうがいいよ!!」
通りすがりの人にそう言われ、隣の親銀行を見ると、間のいいことに、シエスタ(お昼休憩)中。
イタリアのシエスタは、2〜3時間くらいあるのだ。
なんとか時間を潰して銀行に乗り込んだ。
「お金が!この明細書の250ユーロが!出てこないの!!」
明細書を見せながら、必死で訴える。
だってかなりの大金だもの。
これもし無くなってたら、本気で困る。
「分かりました。調べてみますので、時間ください。」
恰幅のいいおじさんがどこかへ電話をかける。
そして10分ほど、おじさんは部屋にこもった。
ビデオで確認、みたいなこと、してるのかしら。
「あともう一時間ほどかかるので、ショッピングなど行かれては?」
そんな。ショッピングだなんて。
でもとりあえず言われたとおりに外へ出て時間を潰すことにした。
ATMにお金が入ってなかったのか?
いや、でも後から引き出した120ユーロとまったく同じ明細書だし。
だいたいお金入ってなかったら、明細書なんか出て来ないよな・・・?
かなり不安を募らせながら、一時間後に再び銀行へ。
もう仕事時間がとっくに過ぎていたせいか、
銀行の社員みんながあたしの側に集まってくる。
「さあどうぞ、マダム。こちらへ。」
恰幅のいいおじさんがニッコリ笑いながら、あたしをカウンターへと案内した。
パスポートとキャッシュカードを再び見せ、
なんかの書類にサインをする。
「さあ、これがあなたのお金です。」
そう言いながら、カウンターの兄さんが、250ユーロを机の上に広げた。
「ああ!ほんとうに!?ありがとう!ありがとう!」
安堵感いっぱいに、叫ぶように「グラッツェ」を連発するあたしを、
まわりの社員もほっとしたように、ニッコリ微笑んで取り囲んだ。
ああ よかった。。。
社員のみなさんにお礼を言って、銀行を出た。
社員の人も、なんでこんなことになったのか、分からないらしい。
まぁ、所詮は機械だしな。
アバウトなイタリアでは、こんなこともあるだろう。
”しょーがないさ。だってイタリアだもの。”
次の日、夜行の船に乗って、イタリアを後にした。
エーゲ海の国、ギリシアへ。

Pencil,BARI

11.NOV.2004 優しき南イタリア

ギリシャやクロアチア方面にも船が出ている港町、バーリ。
この街から出るギリシャ行きの船には、ユーレイルパスが使える船もある。
バーリ駅から港まで30分の道のりを歩き、
ギリシャ行きの船を確認するため、いろんな旅船会社の並ぶ港前通りまで来た。
バーリからギリシャへ行く船でユーレイルが使える会社は、一軒だけ。
早速オフィスに入り、今日か明日の船でギリシャに向かいたい旨を伝えた。
しかし、ギリシャ行きの船は、明後日まで出発しない。
しかもユーレイルパスを使うため、予約することが出来ず、当日港のチケット売り場で買ってくれとのこと。
仕方ないので ぷらぷら港を歩く。
港に座っていると、カニ採りをしていたおじさんが話しかけてきた。
若いころは、かなりモテたんじゃないかと思うくらい、渋いカッコいいおじさん。
南イタリアの人たちは、みな、こうなんだろうか?
イタリア語、わからないって言っても。
ジェスチャー混じりの、イタリアーノ。
とにかく、イタリア語で話しかけてくる。
そしてみんな優しい。
さすが、ナンパの国、イタリア。(←偏見)
チケット売り場を確認して、ネットカフェに入った。
「今どこどこにいるよ!」
旅中に出会った旅人たちから、そんなメールがたくさん届いていた。
日本へ帰った旅人からは、
「東京つまらん!!!」
なんて愚痴も届いた。
このメールチェックは、旅中の一つの楽しみでもあった。
一通りメールをチェックして、今日の宿を求めて外に出た。
この街にも、少し離れたところにユースホステルがある。
電話で空きを確認して、バスに乗り込む。
いつものように、ホステルの住所と名前を見せ、
「ここで降ろしてください。」
と、運転手に頼んだ。
「はい!」
と、元気よく言ってくれた、運転手さん。
しかし、降ろされたのは、まったく別の場所だった。
その宿は、写真やホームページを見る限り、キャンプ場のような、
まわりに何もない場所のようだった。
しかし ここは思いっきり街中。
なんかおかしいな・・・と思いながらも、周りの人に宿の場所を聞いて回る。
困ったことに、英語がまったく通じない。
いや、ジェスチャーで通じてはいるが、話せないのだ。
帰ってくる答えは、イタリアーノ。
しかも、みんな知らないって。
雨風がひどくなってきた。
日はとっくに落ちていて、人通りが少ない。
日本から持ってきた折り畳み傘が 壊れた。
稲妻が光り始めた。
ザックもあたしも びしょ濡れ。
今にも泣きそうになりながら、一軒のBARに入った。
まだ開店前のようで、3人の従業員らしき強面の男たちが、カウンターで準備をしていた。
ガイドブックを見せ、ここに行きたいんだ、と説明すると
その宿に電話をかけてくれて、場所を確認してくれた。
なんだどうした、とさらに3人の男たちが寄ってきた。
みな親切にも、あーだこーだ、一生懸命説明してくれる。
しかし、全てがイタリア語で、理解できない。
中にほんとに少しだけ英単語を知ってる人がいた。
彼の説明と、図で、やっと位置関係を把握。
「タクシーは高いから、バスで行け! 12番だ!」
一人のおじさんがバス停まで連れてってくれた。
そしてバスの運転手さんに、
「このコをここで降ろしてやってくれ。」
と、そのような事を頼んでくれ、バスに乗せてくれたのだ。
そして、このやり取りを聞いていた、バスに乗っていた女の子が、宿まで連れてってくれるという。
自分もそこに泊まってるから、と。
稲光と雷雨のなか、バスは海沿いを走る。
やさしいな みんな。
彼らの助けがなかったら、いったいどうなってたんだろう。
濡れネズミで、まだ街を徘徊してたかも。
「バーリは治安がわるいから気をつけて」
イタリア人の友達に、そう言われていた。
でも、みんな、優しかった。
イタリア語が分からなくても、一生懸命、分かるまで説明しようとしてくれた。
彼らの親切に、本当に泣きそうに感謝した。
その場所に行ってみないと、結局はなにも分からないのだ。
絵に関しても、土地も、人も。
「治安が悪い」って、難しい区切りだな、と 思った。

10.NOV.2004 Sassi(サッシ)

「Do You Like Sassi ??」
3日目の延泊を告げたとき、レセプションのお兄さんは、満面の笑みでそう聞いてきた。
もちろん。
だってこんなおもしろい街、そうそうないもの。
屋根の上に階段があって、突然扉が現れたり、行き止まりになったり。
巨大迷路みたい。
いい天気だったので、外に洗濯ロープをはってお洗濯。
のんびりした時間。
ちょっと住んでるみたいな気分。
洗濯物が、ひらひらマテーラの街並みにゆれる。
昼からサッシ街へと出かけた。
いろんな人がすれ違いざまに、「Ciao!!」とあいさつしてくれる。



ガイドしたそうなおじいさんが話しかけて来た。
もう行ったよ、と言うと、「OK!!Ciao!!」とすぐ引き下がる。
ガイドブック持ったおじさんが近寄ってきた。
高いよ、いらない。と言うと、「OK!!Ciao!!」とすぐ引き下がる。
なにやら中途半端な客引きが多い。
新市街からサッシ街を眺めていると、おじいさんが寄ってきた。
タバコをもらい、何をするでもなく、ただ2人でサッシを眺める。
おじいさんはイタリア語で、色んな説明をしてくれる。
バイクで下まで下りよう!と言ってくる。
こんな階段だらけの入り組んだ街を、バイクでなんか走れるのか?
ガイドしたかったのか、ナンパだったのか、よく分からない。

歩けば歩くほど、この街に惹かれていく。
距離にしたら、そうとう歩いたことになるんだろうな。
退廃的で、殺伐としていて、歴史的には暗いのだが。
造形がほんとにおもしろい。
何箇所かで、サッシを改造してホテルらしきものを建設している場所があった。
これからここも、観光客が増えるのだろう。
できればこのまま殺伐としたまま、淋しげな魅力を、持ち続けて欲しい。
そんなわがままな願いを。
持たずにはいられない。
スケッチしてても、何がどうなってるのか、よく分からない。
一人でクスクス笑いながら、すっかりこの不可思議で造形的な街の虜になってしまった。

Water color,MATERA

9.NOV.2004 崖を登って…

とっても良い天気。
北イタリアの空は、少し水色っぽい色。
南イタリアの空は、はっきりした、青色。
マテーラのサッシ街は、絶壁のすぐ上にある。
その気になれば、下の渓谷まで下りることが出来る。
バーリで出会ったデザイナーと一緒に、この絶壁を下って向こう側の丘へ探検に行くことにした。

この崖はなかなかの急斜面。
まっすぐ下りることは出来ないので、横に横にとジグザグ下りて行く。
連日の大雨のせいで、川の水位が上がっている。
流れもかなり激しい。
2人で棒を使って川の水位を測る。
少しだけ、岩が顔を出している場所があった。
これを伝っていけば、向こう岸まで行けそうだ。
しかし、ほんとに気持ち程度にしか岩は出ていなく、乾いてないので足場はかなり悪そうだ。
デザイナーのコが、向こう側に渡る。
続いてあたしも・・・と思っても、なかなか怖くて足が出ない。
これ、滑ったら終わりだな。。。
激流に飲み込まれてしまう。。。
怖いな、でも向こう側からサッシが見たいな、、、
うろうろ、うろうろ。
・・・よし。
覚悟を決めて、岩に飛び移る。
ぐらっ と一瞬バランスを崩し、他の岩に手をついたまま、川の真ん中で動けなくなってしまう。
先に渡ったデザイナーに助けてもらいながら、なんとか岸に到着した。
そこからまた、絶壁を登る。
下を見たら恐怖で足がすくみそうな道を、どんどん行く。
途中にいくつか洞窟があり、人が住んでいた様な跡が残っている。

到着した丘から見るサッシ街は、それはそれは素晴らしい、大パノラマ。
360度の空の下、目の前には、いったいここはどこなんだか分からないくらい、異様で壮大な景色が広がっている。
とてもとてもかっこいい景色。
ヨーロッパに、こんな場所があったなんて。
マテーラやばい。
おもしろい。
タクシーを使えばここまで回ってこれるらしいけど。
自分の足でここまで登ってきた達成感も手伝って、2人のテンションは最高潮。
腰を下ろして2人でスケッチ。
こういう時、同じアート系っていいな、と思う。
帰りは川の水位が少し下がっていて、行きに苦労した岩たちは、しっかりした足場となった。
慣れない崖登りで足にかなりキテいたけど。
こんな景色が見れるのなら。
喜んで激痛に耐えましょう。

Pencil,MATERA

8.NOV.2004 退廃と恍惚の街マテーラ

ここは南イタリア、かかと付近にある廃墟の街、マテーラ。
高台からこの旧市街を見た瞬間、誰もがその迫力に圧倒され、そして複雑に入り組んだこの街に魅了されることだろう。
バーリからマテーラ行きのローカル線ホームは少し分かりにくく、
しかも本数がとても少ない。
やっとチケットを買えたと思ったら、電車は2時間後だった。
大雨が降る中、屋根のある待合室で、これから行くマテーラに想像を膨らます。
日本を出る前に、写真で見たマテーラの街並み。
その瞬間に虜となり、ここまで来た。
電車が到着し、さあ乗ろうと立ち上がったとき、フードをかぶった男の人が話しかけてきた。
「日本人?」
・・・日本語だ。
でもすごい怪しい。
日本人・・・?
「あ!バックパッカーなんだ!?」
にこっと笑ったその笑顔に警戒心が緩み、言葉を交わす。
彼はロンドンに留学していたデザイナー志望の日本人。
まさかこんなところで日本人に出会うとは思ってなく、
しかもとても怪しい風貌だったので、すっかり疑ってしまった。
彼もマテーラを目指すということで、一緒に電車に乗り込む。
バーリから電車で1時間40分。
荒野を超え、
オリーブ畑を越えて、
その街は現れる。
マテーラは新市街、旧市街に分かれていて、新市街は他のイタリア市内とさほど変わらない。
あたしたちが目指す「マテーラ」は、サッシ(Sassi)と呼ばれる洞窟住居の旧市街だ。
小さなマテーラの駅に到着し、一服していると、駅員さんが話しかけてきた。
彼はあたしたちを旧市街まで案内してくれるという。
「腹は減ってないか?」
そんな仕草をして、おじさんは一軒の喫茶店に入っていった。
続いてあたしたちも入り、3人でお茶をする。
あたしたちはイタリア語、わからない。
おじさんは英語、わからない。
そんななかでもちゃんと意思疎通がはかれるのが、すばらしい。
広場を抜け、サッシが見渡せる場所に到着した。
見たことのない景色が広がる。
目の前に、大サッシの街が映る。
2人で雄叫びをあげながら、その迷宮へと下りていった。


サッシ街のなかに、古い洞窟住居を改築したユースホステルがある。
中はとても可愛らしく、不規則に壁が凹んでいて、棚のようになっている。
今まで泊まってきたユースホステルの中で、雰囲気は一番良いな。
サッシを散策する楽しみは明日にとって置いて、
2人でワインをあける。
外に出ると、ライトが点いたサッシ街が見渡せる。
星が出ていた。
明日はきっと、晴れるだろう。

