リサタビ列車

−絵描きバックパッカー・リサリサの、旅は、まだまだ続く−

小旅行 ー鎌倉ー



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FE+50mm F1.4



ひさびさ出した、おじいちゃんの形見・Nikon FEと共に

ひさびさな人と
ひさびさに 雨の鎌倉へ、ビール片手に小旅行。




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蓮が、いろんなところに たくさん。
おいしそうな、蓮のつぼみ


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ユリも咲いている
池にときどき 亀がいたり

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ええと
やはり 酒呑みですから。

こちらは外せません、

どれにしようかなっと   うふふ

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北鎌倉からスタートして

時代をトリップしながら、鎌倉の町をあるく。

なかなかに 雨が似合う空間なんだな。

しっとりしていて、気持ちいい。







夏の終わりを発見。

死にそうな蝉が、一匹。
動いているのは、前足だけ。

おつかれさま・・・


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群馬を出るとき-群馬物語06'-08'-



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エンとユカリが あったんでしょうね。


ビラーゴに、バックパック積んで。
ほんの2・3ヶ月のつもりでやってきた 群馬県。

気付けば2年が過ぎていた。



当時わたしは、全力で、逃げていたんだ。


別にどこでも、よかったの。

富士山の山小屋とか
北海道の牧場とか

そう、ちょっと自然の中に いようと思って。


群馬県みなかみ町では、
夏期間、ラフティングのカメラマンを、募集していて。

逃亡先を、ここに決めて。

ふらり ふらり やってきたのが
群馬物語の はじまり。


それから いろんなことが 起こって。


逃げてきたはずなのにな。


苦しかった みなかみ町での記憶。
雪山で、非力に小さく小さくうずくまっていた自分。

守りたかったもの
なくしてしまったもの

自分はここに、居るのか、居ないのかも、わからない。

恐ろしい闇だった。
あんな恐ろしいもの、見たことない。


それでも救いの手は、現れるもので。

凍死していたわたしを、拾ってくれた人がいた。


彼のもとで働き、
再び生きていく道を見させてもらい

長く捕まり続けたみなかみの呪縛から、脱出して。

そして時は流れて 

群馬を出る流れがやってきた。


高崎は、たのしかった。
人がとても、温かくて。
ここにいることが出来て、本当によかったな、と思った。



群馬はおそらく、自分の生きる流れの中で、
とても大きな分岐点であり、
そして、修行の地だったんだろうな。


ここで、無くしたもの、得たものは、あまりに大きくて。

例えば何十年か後に、自分の人生を思うとき。
群馬を思い出さないわけにはいかない。


この地に触れずしてリサリサの人生を語ることは、出来ないのだ。







かみなり



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「ねぇ・・・ 雷、多くない・・・?」

高崎に通い始めたころ
雷の多さが、気になった。


夏時期
ほぼ毎日、夕方は嵐。


激しい雨
激しい雷


当時通勤で使っていた上越線は、
嵐のせいで度々止まり、
よく代行バスで4時間かけて水上まで帰った。


高崎の空は、ひろい。

あちこちでピカピカゴロゴロなってるのが、よく見える。


「東南アジアのスコールみたいだな・・・」

そんなことを思いながら

四方八方で起こる稲妻に、魅とれていた。



群馬県は、その地形から、雷がとても起きやすい地なのだそうだ。


『雷と空風 義理人情』


群馬には、上毛カルタという、群馬のあれこれを詠ったカルタがあるらしい。

その中の、””の行。

らい と からっかぜ ぎりにんじょう


かみなり、多い!!と騒いでいるあたしに、
群馬の人が、そんな言葉を、教えてくれました。