
2.NOV.2004 カラカラ帝の大浴場

世界史の授業によく出てきた、カラカラ帝の大浴場。
こんなに大きく、保存状態の良い遺跡だったとは。
この浴場には、図書館や売店などが設置されていたらしい。
悪名高きカラカラ帝。
しかしこんな大浴場を作るからには、やっぱ普通じゃいられない。
人はほとんどおらず、とても静かな時間が流れる。


当時のモザイク画。
この地方のモザイク画はかなり精巧で、壁や床は壊れてしまっているが、
モザイク画は衰えを知らない。
宿で作ったサンドイッチを食べながら、
カラカラ浴場の傍らで、美大生と一緒に芸術論を語る。
静かな空気が漂う。
古代ローマの芸術家たちも、ここで、芸術などを語ったりしていたのだろうか。
今と昔の狭間で揺れながら、終わる事ない芸術論に、時を忘れた。

もうひとつの遺跡、フォロ・トライアーノ。
ここは発掘段階のため、中に入る事は許されてない。
遺跡のまわりの建物も、今にも崩れるんじゃないかというくらいの、年代物。
この辺りの道路をごっそり掘ると、重要遺跡がまだまだ出てきそう。
湿気とカビ臭い禁煙宿から脱出し、他のキッチン付き安宿に2人で移動。
主に欧米人に占領されてるその宿のキッチンは、争奪戦。
ちょっとでもコンロから離れると、あたしたちの鍋は移動され、コンロを占領されてしまう。
「いつ終わる?何時くらいなら使える?」
と、入れ代わり立ち代わり。
せっかくおいしいクリーム・ペンネを作ってるんだから。
もうちょっと待っておくれ。

1.NOV.2004 フォロ・ロマーノ

永遠の都、ローマは、それはそれは汚かった。
ゴミが道の端っこに大散乱。
無謀運転の車たち。
異臭を放ってるところも。
泊まった女性専用の宗教施設も冴えなかった。
22時門限。
湿気とカビのにおい。
部屋は日本人同士でかためられる。
中庭のみ喫煙OK、でも中庭の入口は19時で閉る。
安いからといって、無闇に宿を選ぶもんじゃないな。
特に、喫煙タイムに制限時間があるのがいただけなかった。
ローマの遺跡は 素晴らしかった。
古代ローマの中心地、フォロ・ロマーノ。
ローマ帝国崩壊や自然災害に見舞われ、徐々に衰退していったローマの旧市街地。
こんなに大きな遺跡がよく残ってたもんだ。
宿で出逢った同じ大学の美大生と共に、古代ローマの旅を暫し楽しむ。



パラティーノの丘に登ると、ローマ旧市街が見渡せる。
中世の面影をそのまま残した街並。
石ころのような遺跡の袂に、草や花が群がっている。
何千年もの時を超えた遺跡たちに、孤独な風が吹いていた。


30.OCT.2004 いいかげんなイタリア人

ピサの斜塔で有名な ピサ。
はっきり言って、これ以外は なにもない。
ルッカで紹介された宿へ向かうべく、あたしと女子パッカーは、まずツーリストインフォメーションへと向かった。
「この住所でこの名前の宿に泊まりたいんですけど。」
「ユースホステルね!この辺りよ。」
受付のおねーさんは、「歩き方」の地図の上に、○印を付けてくれた。
「斜塔から、30分ほど歩いたところよ。3番のバスに乗ってね。」
その言葉を一寸も疑う事なく、あたしたちは3番のバスに乗り、斜塔前で降りた。
しかし、歩けど歩けど、一向に宿に辿りつけない。
○印はこの辺なのだが。
周りの店で聞いてみた。
「その宿なら、この道を真直ぐに行ったところよ。10分くらいかしら。」
10分くらい歩いてみる。
でもやっぱり宿は ない。
さらにその周りの人に聞いてみた。
「その宿なら、この道を真直ぐに行ったところよ。40分くらいかしら。」
え 40分?
インフォメーションでは、「斜塔から30分」、
斜塔から30分の場所では、「あと10分」、
斜塔から30分+10分のこの場所からは、あと40分なんですか!?
ここであたしたちは、自分達が完全に迷ってしまったことに気が付いた。
もう外は真っ暗。
歩き疲れて 空腹で もうヘトヘト。
大通りの道沿いは、だんだん明かりがなくなっていく。
しかも悪い事に、今日は土曜日。
休業の店が多すぎる。
いったい、この宿はどこにあるの!?
道行く人に聞いても、
「ここから2km先」
「ここの近く」
「スーパーの隣」
「クワトロ!」
と、みんなばらばら。
いったい誰の言葉が正しいのか。
雨が降ってきた。
空腹に耐えられず、一件のBARに入った。
でも食べ物は置いてない。
疲労困ぱいのあたしたちは、会話もなくなって行く。
あたしたちの頭に、不安が過る。
「今日は・・・野宿かもしれない・・・」
0.8ユーロのコーヒーが、死ぬ程おいしい。
コーヒーに癒されたあたしたちは、少し元気を取り戻し、
どうやってこの宿を見つけ出すか、話し合った。
結果。
「これはもう・・・ 多数決しかないだろう。」
今まで聞いた人たちの答え。
そしてさらにBARのマスターや客、道を歩いている人たちから情報収集を始めた。
困った事に、彼らには英語が通じない。
あたしたちにも イタリア語はわからない。
雨の中、野宿はイヤだ・・・
なにをどうやってコミュニケーションを取ったのか。
とにかく、英語⇔イタリア語の情報収集は成功し、多数決で一番多かった、『2km先』へ向かう事にした。
バスに乗り込み、宿の住所と名前が書いてある紙を、運転手に見せた。
「ああ、このバスでOKだよ。後ろの2人もそこへ行くんだ。」
運転手が指差す座席には、バックパックを背負った女の子が2人、座っていた。
ああ、たすかった・・・
『2km先』へ向かうためのバスは、これが最終。
もう歩く元気もないので、もしこのバスが違ってたら・・・
野宿してたかもしれない。
着いた宿は、教会の奥にあった。
まわりのレストランやスーパーは、もう閉店している。
日本から持ってきた『梅お粥』のレトルトパックが、こんな時に訳に立つ。
「宿があるって、幸せだね・・・」
「うん、寝るところがあるって、幸せだね・・・」
1つしかない冷たい『梅お粥』を、宿の有り難さに感謝しながら2人ですする。
部屋全体がカビ臭い。
布団も微妙に湿気ている。
それでも、今日一日、屋根の下で寝る事が出来る事が、有り難かった。
こんな日に、もし一人だと、かなり厳しかっただろう。
早い時点で、駅前の高いホテルに向かってたかもしれない。
ユースホステルを見つけるまで頑張れたのも、彼女がいたおかげ。
ピサまで一緒に行動する事になったこの女子パッカーとの出逢いにも、深く深く感謝した。

30.OCT.2004 LUCCA

フィレンツェで出会った料理人の修行先は、ルッカという町のホテルだという。
ドイツのミュンヘンで出会ったアメリカ人が、ルッカという町はとてもいいと言っていたのを思い出し、あたしと女子パッカーも一緒にルッカへ行く事にした。
朝、バルジェッロ美術館を回った後、3人で ルッカへ。
ルッカは城壁で囲まれた、小さな町。
人も車も少ない旧市街で、道幅もとても狭い。
旧市街の特徴である入り組んだ道も、歩いていておもしろい。

ユースホステルは、かなり綺麗な建物だった。
きらびやかなレセプション。
ふかふかそうなソファー。
こんな豪華なユースホステルは 見た事ない。
もうここに泊まる気まんまんのあたしたちに向かって受付のおねーさんは、
「フル!」
と 一言。
そんなぁ
「田舎だし、マイナーだし、満員って事はないでしょー!」
なんて高を括って電話もしなかったあたしたちは、がっくし。
ホテルの中では子どもが数人歩いている。
そうか イタリアの修学旅行シーズンなんだ きっと。
じゃないとこんな田舎町のユースが満員であるはずがない。
ルッカには、この城壁内の安宿は ここだけらしい。
何度もホテルを出たり入ったりし、キャンセルは出てないか、どーしてもダメかと詰め寄る。
すると、受付のおねーさんが、ルッカから更に電車で西に行ったところにある、ピサという町のユースホステルを紹介してくれた。
そこが、ここから一番近い安宿らしい。
この素敵な町に 滞在したかった。。。
修行先へ向かう料理人を見送り、あたしと女子パッカーは、ピサへと向かった。

29.OCT.2004 ミケランジェロのお墓

今日はずっと雨だった。
ミケランジェロのお墓がある、サンタ・クローチェ教会へ行った。
サンタ・クローチェ教会は、入館料を払わなければ入れない。
イタリアの文化人の墓がたくさん並んでいる。
中にはガリレオ・ガリレイの墓も。
日本の墓は外にあるのが通例であり、このように室内にある墓には初めて来た。
薄暗く、すこし寒い。
「カメラは大丈夫ですか?」
「フラッシュをたかなければ、いいよ」
そう言われて入った教会の中では、観光客たちがバシバシフラッシュたいて墓の写真を撮っていた。
以前、イギリスの教会でフラッシュをたいてしまったため、カメラが動かなくなった経験があったので、係員の指事に素直に従う。
ミケランジェロの墓の前で、手を合わせてみる。
・・・ん? 合掌は、仏教の墓参りだよな?
ここは教会。
ちょっとおかしいか・・・
黙祷しながら合掌しているあたしの姿を、周りの人が不思議そうに見ている。
まぁいいか。
今日、この日に、日本から志しを持った女子が、あなたを訪ねに来ましたよ。
